櫛を拾ってはいけない
「髪は女の命」といわれた時代もあった。髪が命なら、髪をとかす櫛は、その時代の女性にとっては、命から二番目に大切なものであったかもしれない。
つげ、竹、象牙、べっこう……昔の女性は幾種類もの櫛をもっていたものだ。ところで、櫛を大切にしていた昔には「櫛を拾ってはいけない」とする戒めがあった。
これを単なる語呂合わせにすぎないとする人がいる。櫛と苦死とをかけて、櫛を拾うと苦死を拾うことに通じるからだというわけだ。
しかし、これは後世の人が勝手につけた解釈のようである。櫛のルーツをたどっていくと、もっと別の理由がみえてくる。
元来、櫛とは、神前に捧げる玉串の「串」と同じ意味を持っていた。だから、櫛には特別な霊力が宿っていると考えられていたのである。
その櫛を畏れおおくも、「拾う」などということは、もってのほかというわけだ。昔の人がいかに櫛を大切にしていたか、わかろうというものだ。ちなみに、その当時は櫛を髪にさすということは、魔除けのおまじないも意味していた。
後世に入り、女性がだんだん髪を結いあげるにつれて、櫛は単なる髪飾りの役目しかもたなくなってしまったのである。