玄関の履物は入船の形にしたままでは嫌がられる
玄関を上がったら、履物は向こう向きに「出船」の形にそろえておく。
料理屋や旅館、ごく一般家庭の玄関でも、「入船形」は嫌がられる。
なぜだろうか。歴史を遡ってみると、事の起こりは、多くの作法同様お茶の世界。躙り口をくぐって茶室に入る際、うしろ向きに直して自分の履物をそろえたのがはじまりだ。
当初、お茶は武士たちのあいだで始まり、広められていった。茶席での精神の統一は、武士たちにとってこの上ないひとときだったのだろう。
しかし、いつなんどき敵が攻め入ってきても、反撃に出る用意は怠ってはならなかった。そして、逃げ出すときにそなえて、履物も履きやすい状態にしておく必要があった。
織田信長のゾウリを、書院の沓脱ぎ石のところで豊臣秀吉がそろえていたというエピソードがある。履物を「出船」の形にそろえておいたのは、いってみれば防衛本能のなせる技で「入船」の形は不用意を意味したわけだ。
もちろん、履物を「出船形」にしておく習慣は、お茶の影響ばかりではない。かつて描かれた天皇や名僧などの肖像画のなかでも、履物がそろえてあることがある。
履きやすいように実用性を考えてのことだったのだろう。いずれにしても、礼法として定着したのは、江戸時代からのことである。